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 こんばんは、すずりです!
 先日、縁あってとある廃校を見学させて頂ける機会がありました(ㆁᴗㆁ✿)
 私が怪談を書いていることを知っている知人(以降、Кさん)が、話のネタになるかもしれないよということで廃校の管理者に話を通してくれたのです。
 やさしい!!!!!!!!
「知り合いに廃校の管理してるおじさんが居るんだけどね、ちょっとそこ洒落にならんくらい怖いから覚悟して行った方がいいよ」
 丁度ネタ出しをしていた執筆予定作品の舞台が徳島県と廃校で、知人のお話はまさに渡りに船でした。
 しかしあまりにタイミングが良すぎて「クトゥルフTRPG始まってる」と不安になり、正直遠慮しようか迷いました。十数年前にダイスを二つ振って行動ポイントを決定するネットゲームで1・1を出しすぎて同卓していた外国人に「Twins」とあだ名を付けられたクソ運人間が生き残れるはずがない。
 とはいえ、人生でこういう体験も一度くらいはしておいた方がいいかもしれません。
 私は知人に「めっちゃ行くわ」と返事をし、廃校の管理者の方に取り次いでもらいました。

 さて、管理者の方からお話を伺ったところ、『いろいろと事情が複雑なため廃校の存在をあまり知られたくないが、校内で起きていることをインターネット等で書くのは問題ない』とのことでしたので御厚意に甘え、こうして記事を書いています。
 そういうわけで、学校名や所在地などは伏せさせて頂きます。
 徳島県のとある廃校、とだけ御承知下さい。
 管理者の方(以降、Аさん)の事前の説明によれば、
 ・廃校は十年以上閉鎖しており、取材などで数度開けた以外は公開を行っていない。
 ・窓や壁等に崩壊はなく、正面玄関以外に中へ入れる場所はない(他の出入り口はバリケード等で封鎖している)。また、昇降口がАさんの許可なく開けられるとセキュリティ会社へ通知がいくようになっている。
 という前提があり、
 ・数年ほど前に校内の点検をした際、見覚えのない貼り紙などを複数発見した。
 ・セキュリティ会社への通知はなく、裏口などのバリケードにも異常はなかったため、誰がいつどうやって侵入したのかは分からない。
 ・貼り紙等は共通して『木至城小学校』関連のものであり、交霊術の手順などが書かれているものが多い。
 ・各所に問い合わせを行なったところ、『木至城小学校』は実在しない。
 とのことでした。
 Аさんはなんとなく気味が悪くて貼り紙などを放置しており、その貼り紙が今回の見学の目的であるなら、発見した"木至城小学校"関連のものは回収してきて欲しいと頼まれました。
 知り合いの知り合いみたいな人間が勝手に色々触って大丈夫なのかと聞けば
「校内にあるのは教材なんかの、学校でしか使わないようなものだけで、盗まれたとしてもまあ粗大ゴミが片付いて良いので」
 と笑ってらっしゃいました。
 二〇二一年九月末日。
 ちょっと不気味な貼り紙がある以外は特に怖い噂などもない普通の廃校とのことでしたので、一人でも余裕だろうと私は単身で徳島県に乗り込みました。
 見学させて頂く前日の夜にホテルへ到着、翌日の午前中にАさんに御挨拶し、四日ほど滞在して帰宅、というスケジュールです。
 廃校をただ見て回るだけならば半日もかからないそうですが、今回は木至城小学校とかいう謎小学校のものを探しながらの行軍になります。使ってない場所だし何日でも見てっていいとАさんが仰られて、「じゃあ……」と遠慮なくスケジューリングしました。
 徳島県民あったけぇなぁ!!
 探索一日目、Аさんに御挨拶に伺ったところ、
「どうせなら夜に見て回ってもいいよ」
 と言われました。
 書き忘れていましたが、私はお化け屋敷にすら入れないほどの怖がりです。
「いえ、大丈夫です(本心)」
「大丈夫大丈夫、どうせ使ってないとこだから。若い人は遠慮しちゃ駄目!」
「アッ……じゃあ、夜に、はい、ありがとう御座います(陰特有の押され弱さ)」
 徳島県民!!!!!!!!!!
 午後の日差しにまどろむ廃校を優雅にお散歩するつもりで来たため、家にあった小さいライトしか持ってきていませんでした。とはいえライトはライトだし、電気も通っていて照明が点くところもあるそうだし、まあいいかとライト(小)を過信して夜散歩に挑んだのでした。
 あと純粋に旅行先で重い物を増やしたくないというズボラ精神もありました。
 二十二時にホテルを出発。
 タクシーで廃校近くのコンビニへ移動し、そこからはАさんが案内して下さいました。
 廃校の外見のことは伏せますが、今後の人生で夜の廃校にだけは絶対に行かないと神に誓いました。
 Аさんは正面玄関を開錠すると、「最終日にまた返してくれればいいから」と鍵を預けて帰宅なさいました。
 おそらくКさんのことを信頼していて、その人の知り合いならばということもあったでしょうが、セキュリティ会社と契約したり出入り口を潰したりしている割には投げやりというか、「廃校がどうなってもいいのかもしれない」となんとなく感じました。
 その辺の事情に関しては私も詳細を知らないので、実際のところは分かりません。
 玄関を入ってすぐ左手の事務室は照明が点くと教わっていました。
 持ち込んだライト(小)を点灯させると、予想以上に照射範囲が狭くて暗い上に光が青白く、早々に詰みを確信しました。
 しかし色々な方の厚意で実現した今回の廃校ツアーです。
 アイカツのベストアルバムを流すことで自分がアイドル候補生であると錯覚を起こして恐怖感情を消し、スリッパへ履き替えて左右へ伸びる廊下を左折しました。
 事務室は本当にすぐ左にあって、問題の貼り紙もすぐ左にありました。
 
 事務室の引き戸の横、左折してすぐの壁の角へ貼られていました。
 木至城小学校が実在しないことを無視すれば、上半分はよくある貼り紙です。
 そして下半分。
 これも、まあ、言ってしまえばこっくりさんの亜種のようなもので、よくあると言えばよくあるものです。
 一番最後の文章を追記した誰かはきっとヤスミさまHOWTOに欠けがあるのに気付き優しさから書いたんだろうなと思いました。思いましたが、それはそれとしてこんな文章をいきなり違う筆跡で書かれるのはエグいのでやめてくれと思いました。

 私は先に事務室の照明をマックス点灯させ、セーブポイントを作成してから件の貼り紙を剥がしました。
 回収後にこれらをАさんがどう扱うかは聞いていなかったため、破れたりしないよう丁寧に剥がします。薄いクッション材製の両面テープのようなもので四隅を止めてあるだけだったので、そこまで難しい作業ではありませんでした。
 貼り紙を剥がして何もなくなった壁を見た時、唐突にコナンくんになりました。
 貼り紙は私の目線の高さにありました。小学校の貼り紙にしては掲示位置が高すぎるのです。
 つまりこれは、大人が大人のために貼り付けたものであるということ。
 良かった……存在を抹消された木至城小学校生徒がこの廃校に交霊術を書いた紙を貼り散らかしてる事実はないんだ……。
 私は心がみっちゅなので閲覧対象者外です。
 一日目は事務室を中心に、付近の部屋を見て回りました。
 が初手の貼り紙が強すぎて、一時間ほど滞在したにも関わらず全然探索出来ませんでした。
 廃校は全体的に古めかしいというか、少なくとも昭和以前に建てられたのだろうなと感じました。それでいて、ところどころ新しいのです。
 たとえば生徒用のトイレは木の引き戸が出入り口についていて、個室の扉も塗装されていない木扉、床は黒色の石……と昨今の建築ではお目にかかれないような見た目をしています。対して体育館は床に貼られたテープも真新しく、作りもややデザイン的というかセンスが近年のものっぽかったです。
 そういう風に、いかにもな昭和様式と現代様式がまるで継ぎ接ぎのようになっていました。
 昔からある学校で、老朽化した場所を少しずつ改修している途中で廃校になったのかもしれません。
 そうだとしたら、今後も使うから改修していたはずなのにどうして使われなくなってしまったんでしょうか。
 新旧の継ぎ接ぎが特に露骨だったのが多目的教室のプレートがある部屋でした。
 天井や床、教室前方の黒板は年季の入った見た目をしているのに、後方のロッカーやホワイトボードは傷ひとつないほど真新しく、箱に入ったままのプロジェクターも置いてありました。二箇所ある出入り口の前方は他の教室と同じ、上部が格子硝子になった木の引き戸で、後方の扉はダークブラウンのアルミドアで、私は最初別々の部屋なのかと思いました。
 手近なアルミドアから教室内へ入ってライトでぐるりと照らすと大きな机が六つ、等間隔に置かれていました。机の左右へは背もたれのない四角いシルエットの椅子が三つずつ並び、黒板の前へ普通よりやや大きめの教卓が一つ。
 視聴覚室のようなものだろうか。
 継ぎ接ぎ感のある内装も相俟って、珍しさにスマホのカメラを起動して前方へ向ける。
 パパパパパパ、と、真っ暗な教室内へ黄色い枠が無数に現れた。
 今までも何もないところを顔認識することはあった。いささか数は多いものの撮影範囲が暗くて広いせいだろう。
 そう深く考えずシャッターを押そうとして、「いやでも」と脳裏に閃く。
 現れた黄色い枠は縦に連続して三つずつの塊になり、ところどころへ現れた。
 たとえば、椅子に子供が座っていたらあれくらいの位置になるんじゃないか。
 肌が粟立つのを感じると同時にスマホのカメラモードを解除し、私は多目的教室から転がり出た。
 廃校になる以前にも以降にも幽霊が出る話はなかったとАさんは言っていた。
 今だって実際に何が見えたわけではない。顔認識機能が誤動作することなんてよくあることだ。
 けれど頭の中に、ずらりとこちらを見る子供の姿が浮かび上がって消えず、私は早々にこの日の見学を切り上げてしまった。
 見学二日目。
 この日は特別教室棟を中心に回った。
 時間は昨日と同じ二十二時出発で、大体二時間ほどかけて一階から三階まで確認した。
 学校の怪談と言えば……の理科室や保健室、音楽室など錚々たるメンツが揃う棟にも関わらずスムーズに見学が進んだのは、なんのことはない、この棟はなんと電気が点くのである。
 明るい廊下から明るい教室へ入り、「懐かしいなぁ!」とノスタルジーな気持ちで設備を見て回る。
 当初予定していた廃校見学はこれだった。
 ありがとう徳島県。
 ありがとう四国電力。
 日付が変わる頃に事務室セーブポイントへ帰還し、このメンタルならもう一箇所くらい回れそうだなと見取り図を広げた。
 どこか丁度よさそうな、サクッと終われそうな一部屋があれば。
 クラス教室棟は絶対無理なので除外し、一階から順繰りに指先でなぞる。
 そうして今の自分にピッタリな場所を発見した。
 図書室だ。
 蔵書の全てを確認するとなれば一晩じゃ済まないが、別に読書をしに行くわけでもなし。
 もし木至城小学校関連のものが本の間に挟まっていたら、それはそんなところに挟む方が悪い。分かりにくい場所に配置されたイベントは往々にしてスルーされるのはそれ即ち世界の理。
 図書室は特別教室棟とクラス教室棟とを結ぶ二階渡り廊下の半ばにある。一階の同じ場所は正面玄関などで、つまりちょうどセーブポイントの真上だ。
 階段の壁にくっつく丸い照明の光は黄色っぽい暖色で、昼間の姿しか目にしないような建物の中に夜に入るとワクワクするのなんでだろうとご機嫌に上階へ向かった。
 渡り廊下の照明は点かなかった。
 忘れかけてたけどこれホラー日記なんだわ。
 明るい階段から遠去かるほどに心の三歳児が死に、明かり恋しさに振り向いて逆光で真っ黒になった人影が立ってたらどこに逃げればいいんだという妄想と戦い始めた頃に図書室は現れた。
 教室二つを横並びにしたくらいの大きさで、二箇所ある出入り口の引き戸の間はまるっと掲示板になっている。貼られているのは学生向けのポスターや学校新聞、図書関係のお知らせなどが主で、他にも優秀な作文などもあった。
 木を隠すにはうってつけの場所なので全ての掲示物をチェックしたけれど、ここには木至城小学校関連のものはなかった。
 掲示板の前を横切って奥まで来たので、そのままこちら側の引き戸へ手をかけた。図書室内を奥から見て向こうへ戻れば丁度いい。
 ガラ、と戸車が重たく回る。
 廊下へ細く、光が落ちた。
 そんなには強くない淡い光は、先ほどまで回っていた特別教室の照明の色と同じだった。おそらく正面の、奥の方の照明だけが点いていたらこれくらいの光量になる。
 私が図書室に来たのはこれが初めてだ。
 もしかしたら以前に見学をした誰かが消し忘れていて、本当に怖いのは電気代オチかなと現実的なことも考える。
 けれど、点灯する照明の位置の予想が正しいなら、それこそ正面玄関の真上の窓際周辺である。
 校内へ入る際に明かりはなかった。
 このまま帰ろうか本気で悩んだものの、逆に向こうからしたら「誰かが近付いて来て細く戸が開けられたきり静まり返った」という状況なのであちらはあちらで怖いだろうという前向きな姿勢で引き戸を開けてみることにした。
 単純に電気の接触が悪くて点いただけですって可能性もありますので!!!!!!!!!
 アイカツのベストアルバムの一番好きな曲でテンションをブチ上げ、思い切り引き戸を全開にした。
 戸車がガラガラと大きな音を反響させて、今までと同じ、そこにあったのは暗い夜の廃校だった。
 私は暑いのが苦手すぎて夏場によく幻覚を見る。つまりそういうこと。
 あー良かった幻覚で!
 真面目に医者にかかるかどうか検討しながら入室する。壁際を一通りライト(小)で照らすも、どうやら照明のスイッチは反対側にあるようだった。
 室内は普通の、よくある図書室だった。壁沿いに本棚がぐるりと並び、内側へ読書用のテーブルと椅子が置いてある。窓際の本棚は二段の低いもので、棚の上には空の花瓶と粘土工作がいくつか並ぶ。貸し出しカウンターは向こうの戸口側。
 私は本を読むのは好きだったけれど、借りたり返したりが面倒くさすぎて図書室とはあまり縁がない人生を送ってきた。唯一記憶にあるのは、小学校の時分に諸事情で下校時刻からしばらく時間を潰さなきゃいけなくなって図書室で本を読んでいた時のことだ。
 そろそろいいかな、と図書室を出たら偶然違うクラスの担任の先生が通りがかって、
「うわビックリした図書室のとしこさんかと思った」
 と驚かれた。
 先生、あの時のいたいけな子供は今ではエゴサすると『実際ちょっとすずり自体がそういう怪異かおばけだと思ってる派』が稀に出てくる人間になりました。
 窓際のテーブルへライト(小)を向ける。
 二×二で並ぶテーブルの、ここからみて右上にだけ物が乗っていた。
 照明が点いていた箇所では?
 このトラップを考えたやつは人間のメンタルを掌握しすぎていると戦慄しつつ歩み寄った。
 窓を背にした角の席へ本が一冊と、その下に作文用紙が一枚。そしてその近くへ折り紙の鶴と花が転がっていた。
 
 
 ハードカバーの本には学校の蔵書にしては珍しく紙のカバーがかかっており、その裏面へ木至城小学校のシールが貼られていた。
 おばけって何の本読むの?
 という純粋な疑問から表紙を開く。そのすぐ下へ図書カードが挟まっていた。
 
 光源のライト(小)が青白すぎるせいで色が飛んで紙類が白色に写っていますが、実際は割と焼けて変色しています。
 昨日の禁止事項の貼り紙もそうで、どれも変色の程度は違うものの十年以上は経っていそうに見えました。
 紙の状態から、貸し出し日は一九五〇年ではなく昭和五〇年ではないかと感じた。本の間へ挟まれていたお陰であまり劣化しなかったというのを差し引いても、カードのデザインが後者の時代のものな気がする。
 廃校に六年四組は存在しないため、この図書カードも木至城小学校のものだろう。
 本の中身は古い怪談を子供向けに書いた児童書だった。『花のおよめさん』というタイトルで、表題作と三、四篇の物語が収録されている。斜め読みしたので細かいところは違うかもしれないが、花のおよめさんの内容はこうだ。
 とある村で、結婚式の数日前に花嫁が死んでしまった。
 身寄りのない花嫁の家は空き家になり別の誰かが住むようになったが、幽霊が出ると言ってみんな家を出て行く。
 この話を聞いた花嫁と結婚するはずだった男が、幽霊でもいいから一目会えるならばと花嫁の家へ行くと、その晩に花嫁の幽霊が現れた。二人は夜通し話し、いつの間にか寝落ちしていた男が目を覚ますと花嫁がいた場所に真っ白な花が生えていた。
 もっとウォーリーをさがせとか楽しいえほんを置いておいて欲しかった。
 作文は既に「ヤスミさま」の文字が見えていたのでこれも回収対象として、折り紙はどうしようとライト(小)を当てる。藤色の小さいサイズの折り紙で、やはり少し色褪せている。その花の方に、よく見ると黒い線が入っていた。
 汚れというより、裏側にインクが滲んだような、文字のような。
 私はライト(小)をテーブルへ置き、花を広げた。紙はパリパリと乾燥していて、けれど崩れるほどではなくしっかりしていた。
 
 折り鶴の方には何も書かれていなかった。
 文面からして明らかに何らかのおまじないだ。
 十中八九これも木至城小学校関連のものだろうと判断し、これも回収することにした。
 
 この作文用紙はライト(小)のせいではなく、元から変色のない白色をしていた。
 本の下敷きになっていた作文用紙はこの一枚だけだった。一行目の文章からして、これより前の原稿用紙があるはずだ。
 これの前後の用紙がないかと机の下を覗き込んでみたが、それらしいものはなかった。
 仕方なく、起の欠けた作文に目を通す。
 事務室横に貼ってあった禁止の紙には書かれていなかった作法がこちらにはある。また、かぎ括弧や幾つかの文字が反転していたり、先生に提出するものだろうに禁止されているヤスミさまを行ったことを書いていることに引っ掛かりを覚えた。
 振り返って窓から外を見る。
 校門からグラウンドを迂回して正面玄関へ続くアプローチに寄り添う空っぽの花壇と、駐車スペースの植込へ取り残された桜の木。
 図書室にあったのはこれくらいだった。
 事務室で荷物を整理して廃校を退出し、玄関のガラスドアへ施錠する。
 校門へ向かって歩きながら一瞬、図書室の窓を確認して明かりがあったら見えるかどうか確認しようか悩み、けれどあと二日残っているからと振り返らなかった。
 現状、深夜の廃校を歩き回れているのはなんやかんやでまだ決定的なものを目撃していないからだ。
 余計な藪をつつきたくはなかった。
 見学三日目。
 台風が接近していた関係でスケジュールを一日短縮し、この日を最終日にした。進路からは外れていたが、Аさんからも「古い建物で万が一があってはいけないから」と止められた。
 ということで、二日かけて回る予定だった場所を今日だけで回るべくいつもより二時間早く廃校へ乗り込んだ。
 残っているのはクラス教室棟と体育館とプール。
 体育館は建物が新しく、置き去りにされたボールカゴへ何故か卒業証書の筒が一つだけ入っていた(写真を撮ってありましたが、ホテルに戻って確認したら何故かこの写真だけありませんでした)。
 プールはかなり年代物で、プールサイドの地面は石板が割れてところどころ地面が露出していた。プール内は水が抜かれ、多少の落ち葉はあったが定期的に掃除をしているようだった。
 外渡り廊下を逆走してクラス教室棟へ戻る。
 クラス教室棟の構成は一フロアに教室が六つと予備用の空き教室が一つ、トイレが二つ。それが三階分積み上がっている。
 教室内は至って普通の、教卓と教師用のデスク、ファイルなどを収納する棚、生徒の机と椅子があって、窓際にオルガンがあって、教室後部へ生徒ロッカーと掃除道具ロッカーという構成。クラスによっては生徒ロッカーの上へ水槽があったり、日本史の漫画をブックスエンドで挟んであったりした。
 体育館への外渡り廊下から近い二年三組の教室を後ろから入って見学し、前からでて次の教室の後ろから入る。それを六度繰り返して、二階へ上がる。二階は三年一組の前から入って後ろから出て……向こうの端まで進んで行く。
 異変があったのは四年三組の教室だった。
 上部に正方形の曇りガラスが嵌め込まれた引き戸を開ける、と目の前へ何かが滑り落ちた。
 心臓がエグい音を立てたせいで一瞬死んだかと思ったものの生きていたので、ライト(小)をそれへ向ける。落ちてきたのは『整理整とん』と書かれた藁半紙で、戸口のすぐ右手にある掲示板に貼られていたのが振動で剥がれたようだった。
 
 画鋲で念入りに掲示しておいてくれ頼む。
 貼り直しておいた方がいいかなとしゃがみ込む。紙の表面にはテープがくっついておらず、じゃあ裏かと深く考えずにひっくり返す。
 
 うわ出た、と思わず嫌そうな声が口をついて出た。
 裏面には二〜六学年に別々のヤスミさまのルールのようなものが書かれていた。どれも禁止の紙にはなかった内容だ。もしかしたら、禁止の紙のあれが基本の手順で学年ごとにローカルルールのようなものがあるのかもしれない。
 それにしても、木至城小学校も謎だがヤスミさまの扱われ方も謎だった。
 学校側でヤスミさまを禁止されていたら生徒はバレないようにするはずだ。学年ごとに異なるルールがあるのも、口伝で語り広まるうちに細分化したと考えれば得心がいく。
 しかし禁止の貼り紙や作文など、学校側の人間の目につく場所でヤスミさまに触れられている。単に生徒の悪戯かもしれないが。
 私は整理整とんの紙をもっとよく見ようと立ち上がる。教卓へ置こうと歩み寄って、そこへどこかで見たような折り紙を見付けた。
 
 昨日に図書室で見付けたものと色も形も同じ。ということは、これにも何か文字が書いてあるのかもしれない。
 内側に織り込まれた端を破らないように引っ張り出して開く。
 
 『赤い紙 青い紙
  かごめのつるの
  紫の紙
  ██先生が流産しますように』
 ██の部分は先生の苗字で、どちらの紙にも同じ名前が書いてあった。
 図書室のものと同じ呪文、願い事の部分は異なる。
 赤い紙青い紙と言えばトイレの怪談の走りともなったあの話だが、確か紫と答えると赤と青の両方の紙を選んだことにさせられるとかいう亜種があった気がする。あれとは関係のないおまじないだろうか。
 なんにせよ発見した二つの願い事の内容がエグすぎるので、やばめの呪術ではありそうだ。
 私は貼り紙と折り紙の写真を一通り撮り、四年三組内の探索を始めた。
 といっても教室にあるものは他と同じで、生徒ロッカーも木製のオープンロッカーだからすぐに見終わる。
 このまま後ろの方まで移動して次の教室へ行くだろうし、と貼り紙たちも持って移動した。
 そうやって引き戸のところまでやって来て、廊下側最後尾の机にまた折り紙があった。
 
 適当に掴んで置いたような、赤色の花が五つ。
 パッと見で既に中に何か書いてあることが分かって、ヤスミさま禁止されたから代わりに流行ったのかな? と呑気なことを考えながら開いた。
 
 先生の名前はさっきの藤色の二つと同じだった。
 紙の二辺の切り口が細かく毛羽立っていて、大きなサイズの折り紙を四つに切ったのだろうと思った。
 赤色の花は五つあった。
 
 この一枚だけ、他よりも変色が激しかった。毛羽立つのは左側の一辺だけで、何かしらの紙から切り離されたのは確かだが他四つとは別の紙。書いてあることもこれだけ異質だ。
 七枚の折り紙を並べて、ふと、唐突に閃く。
 これは花じゃなくて、くすだまのパーツじゃないか?
 つい最近にどこかで見かけたくすだまが確かこんな形をしていた気がする。
 ということは、何人もの子供が██先生の流産を願って、折って、それをひと塊にしようとしていた。そこに一枚だけ『鬼花』と鳥居の書かれたパーツが紛れ込んでいて。
 考えていたよりずっと不気味なことが起きていると思った。
 耳を塞ぐイヤホンの曲と曲の隙間を縫って、ガタガタと風が窓を揺らす。
 木至城小学校から"おまじない"が持ち出されている。
 何とも形容しがたい重たい空気が溜まる胸を抱え、私は紙をひとまとめにして持つと戸口へ向かった。
 歩き出してすぐ、机の角へコードが引っかかって左耳からイヤホンが抜ける。
 キュッ。
 遠くで高い音がした。
 リノリウムの床を上履きの底で擦った時のような音。
 はっと息を呑んで、引き手へ指先を差し込んだまま体が固まる。
 肩口から落ちたイヤホンからシャカシャカと音楽が漏れる以外は静寂が続く。さも初めからなんの音もしていませんでしたとばかりの沈黙をゆっくり数えるうちに、緊張と恐怖が解けて何度か忙しなく瞬きをした。
 左耳へ再びイヤホンを押し込み、素早く引き戸を開閉すると早足で階段を目指す。上下に二つ分岐するそれを迷わず下り、薄目で夜とすれ違いながら廊下を走る。
 耳の中で鳴るアップテンポの音楽はもう味方ではなくなった。音圧がふっと抜ける一瞬に、外から誰かの声が聞こえた気がする。今まで何度も聴いていた曲なのに初めて聞き取った音が、自分の名前を呼ぶ声のように脳へ引っかかる。
 渡り廊下の角を曲がり、少し先に事務室の明かりが見えてからはそれだけにピントを合わせて光の中へ転がり込んだ。
 今日までに回収した木至城小学校関連のものを入れた茶封筒の表面へ『Аさんへ 木至城小学校関連のものです』と大きく書き、今日の分も追加して一番戸口に近いデスクの引き出しへ入れる。
 ホテルへ持ち帰りたくないし、こんな時間にАさんの家に持って行くことも出来ない。
 廃校まで取りに来る手間をかけさせてしまうが、Аさんには「怖すぎて無理でした」と正直に謝ろうと決めて廃校を出た。
 暇になった四日目にこの文章を書いています。
 前評判通りめっちゃ怖かったです!!!
 すずりは怪談好きのド素人なのであまり考察とかは出来ませんが、なんとなくあの廃校に持ち込れた木至城小学校関連のものは誰かが作ったやつじゃないかなぁと思いました。
 あれらは、木至城小学校かはたまた違う名前の小学校かに『ヤスミさま』という交霊術があって、それを外に広めるためのものだった。前にも書きましたが生徒向けの禁止の貼り紙が大人の目線の高さにあったこと、禁止されているのに学校側に知られるようなところでヤスミさまの存在が語られていること、情報が断片的なようでいて『ヤスミさまは六年四組に所属していた生徒で、誰かに殺された』という結論に分かりやすく収束することに意図的なものを感じるというか……。
 そうだとして、何故大っぴらに公開されていない廃校に情報を撒いたのか、折り紙のおまじないはなんだったのかは謎です。
 体育館の卒業証書の筒も、開けていたら中にヤスミさま関連の何かが入ってたかもしれませんね。
 今回は色々な方の優しさで廃校見学が実現しました。
 知人のКさん、快く許可を下さったАさん、バス乗り場を笑顔で教えてくれた交番のおまわりさん、美味しいラーメン屋さんを教えてくれたタクシーの運転手さん……本当にありがとう御座いました。
 あと二十年くらいは夜の廃校は歩きたくないです!!!!!
 おわりでーす^◯^
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